たみ丸手作リスト:唄を忘れたカナリア

 

唄を忘れたカナリア

唄を忘れたカナリア

う~たを わ~すれた カ~ナリアは~~~
そんな感じのこの頃。。。。 ブログもアップできておりませぬ 

はて? でも。。。。 その歌。。。。 
そのあとの歌詞を知らないけど、どうも気になって調べてみた

『唄を忘れたカナリア』 ←クリック 

     歌を忘れたカナリアは後ろの山に棄てましょか
     いえいえ それはかわいそう
     歌を忘れたカナリアは背戸の小薮に埋けましょか
     いえいえ それはなりませぬ
     歌を忘れたカナリアは柳の鞭でぶちましょか
     いえいえ それはかわいそう
     歌を忘れたカナリアは象牙の舟に銀のかい
     月夜の海に浮かべれば 忘れた歌を思い出す  


         ↑これが、歌詞のようだね

 童謡「かなりあ」(詩・西条八十)です。
 童謡というのは唱歌とは違います。
 唱歌は明治時代に教育のために国が主導して作られた歌であり、
 童謡というのは大正時代に、鈴木三重吉、北原白秋など唱歌に飽きたらぬ文学者や詩人たちが、
 「子供等の美しい空想や純な情緒を傷つけないでこれを優しく育むような歌と曲」を与えようと
 立ち上がって作られた子供のための文学なのです。

西条八十は幼い日、教会のクリスマスに行った夜のことを思い出しながら、この唄を作詞しました。
会堂内に華やかに灯されていた電灯の中で、彼の頭上の電灯が一つだけポツンと消えていたのだそうです。
その時、幼き心に「百禽(ももり)がそろって楽しげに囀っている中に、ただ一羽だけ囀ることを忘れた
小鳥であるような感じがしみじみとしてきた」と言います。


百禽(ももり)って言うのがわからないけど、鳥の種類なんだろうね~

子供は子供なりに孤独や悩みを一人で抱えているものです。それは昔も今も変わりません。
身を以てそのような子供の心を知る西条は、そのように傷つきやすい子供らの心に希望を与えようとして
この「かなりあ」を作詞したのでした。
唄を忘れたカナリアも、自分の居場所を見つけることができれば再び美しい声で歌い出す・・・
現代の子供にも、ぜひ「かなりあ」を歌って欲しいものです。


このサイトでは、この様に締めくくられていました

この歌の事で知恵袋を検索したら。。。。
変な質問してる人が居まして。。。。
「歌を忘れたカナリア」は、何という歌を忘れたのでしょうか?  ですって
知恵袋 『カナリア』 ←クリック
この回答を見ると。。。。

ここでいう「歌」とは、
作者の西条八十にとっての「詩」のことであったとも言われています。
創作活動に行き詰った西条八十が、自分の姿をカナリアに重ねて、
この詩を書いたという説です。

 しかし、もうひとつ説があって、
かつて株式で大儲けしていた西条八十が、株価の大暴落によって無一文になったことがあったのですが、
そのことを、「歌を忘れたカナリア 」 と表現したのだ、と言っている人もあります。
親戚中から見捨てられた八十。
しかし、妻の春子さんだけは「いえいえ、それはかわいそう」と、 最後まで八十を見捨てなかった。
そのことを、歌にしたのだという説です。

まあ、真実は当の作者にしかわからないでしょうけれど、おもしろいなあ
こうしていろいろ、その背景をたどると。。。。
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