たみ丸手作リスト:父の一周忌法要が終わりました。

 

父の一周忌法要が終わりました。

父の一周忌法要が終わりました。

21日は父の1周忌法要でした。
1周忌前々日の父の墓

1周忌の前々日、お墓を綺麗に磨いて、綺麗なお花を飾りました。
だけど、私はなんて冷たい娘なんだろう。 つくづく、そう思います。

最後の頃、お見舞いに行くと父は目をつむり、眉間にシワを寄せて
本当に疲れきった顔で横たわっていました。
本当に疲れきった顔で.......

2年9ヶ月......誤嚥が始まってからは、何も食べさせてもらえず、点滴から
しばらくして、胃ろうと言って体に穴をあけてチューブを通し
そこから流動物を流し込む方法での栄養摂取となり、
仕舞いにはそれも逆流して、戻って肺に入ってしまうように.....

もう、栄養が取れる体ではなく、見るも無残な本当に骨と皮の.枯れ枝のような....
こんな体でよく生きていられたと思うほどの痛々しい体になっていました。
父の最期の枕元にいたのは、私一人でした。
最高血圧が30台に落ち込み.、血圧計でも測定不能に......

足は氷のように冷たく、父の体が、だんだん枯れていくのを、
その足をさすりながら漠然と感じていきました。

計器類につながれた父の体.....
心電図を見ては、父の顔を覗き込んでみると、
片方の目から、はらっと涙がこぼれ落ちてきました。
そっと、拭いてあげると、もう片方の目からも、涙が.....
ずっと、目はつぶったまんまだったのに、意識はあったんだろうか?
私のことを解っていたんだろうか?
何を思っていたんだろうか?

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それから、まもなく、
父の酸素マスクの息を吐くときの曇る間隔が、とぎれてしまい、
はっとした私は、ナースコールをして、.....
ただ、どうするでもなく、呆然とお医者様の来てくれるのを、待っていた。

なんて、娘なんだろう!
父にすがって、泣くでもなく慌てるでもなく、.....
主治医さんと看護婦さん達が慌しく駆けつけて来て、
私が、「もう、駄目ですか?」と聞くと、首を縦に振る主治医の先生........
たったその一言だけで、終わってしまった......

父にとっては、長かっただろう。
食べることも飲むこともできず、身動きの取れない体を横たえているだけの日々......
あの不自由な体からやっと開放されて、自由になれたねって、そう思った。
入院するよりも、ずいぶん前から徐々に父の体は蝕まれていたようだ。
今から思い返してみて、あの時にはもう....っと,悔やまれる。
もっと、早くに気づいてあげているべきだったと.....

亡くなった時も、私は泣かなかった。
その後、しなければならない事ばかりを考えていた。
どんなに、よくしてもらったわからないのに、親不孝な娘だったよ。

真夜中だったけど、とにかく弟や母に、まず知らせなければ....
それから知らせなければいけない人に連絡しないと.....
弟や母が駆けつけてきてからは、葬儀屋さんの手配をしなければ.....
葬儀屋さんに連絡をして、到着した連絡を受けて、入り口まで案内に....

泣き虫の私なのに、涙も凍っていたかのようだった。
火葬された父の遺骨を前にしても、泣けなかった
通夜も葬儀も終えてからようやく、実感するようになった。
この空の下、何処へ行っても、もう父には会えないんだって言うことを.....

後から知ったけど、私は知らなかったとはいえ、葬儀で大失敗をしでかしたようだ。
火葬場に、母を連れて行ったばかりか、骨まで拾わせてしまったのだ。
普通は亡くなった人の連れ合いは、連れに来るとか言って、火葬場には行かないし、
ましてや、お骨などひらってはいけないそうだ。
それからは、父には、常にお願いをしている。
寂しいだろうけど、まだ、しばらくは母を連れて行かないでねって.....
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