お葬式

お葬式

一番馴染みの深い親戚のお葬式に昨日行って来た
亡くなられたのは叔母で、14日にご臨終だったけど、おととい(16日)が御通夜。。。。

朝9時からお見送り膳というのに来て下さいとご招待を受けていましたので、
8時過ぎに家を出発
家の屋根や車に雪が積もっている寒い朝だったけれど、幸いにも道には雪はなくてよかった
バタバタと出発して、会場にまあまあ余裕で到着し、あとから到着する親族を待って少し会話をして
ご用意いただいたお膳を皆で頂いて、また葬式までの時間を親しい親戚と会話をしながら待つ
11時から受付だから、結構時間を持て余す感じ。。。。
葬儀会場はこんな風。。。。
お葬式<高丸>12月17日JPGお葬式<高丸>12月17日JPG (2)
お葬式<高丸>12月17日JPG (3)お葬式<高丸>12月17日JPG (4)

あれれ。。。  
今日は、お引越ししなくても、画像が面白いくらいスパスパ入って気持ちがいい
お花があることで、会場はとても華やかになるものです

読経をされるお坊さんが2人。。。。
読経が止んだと思ったら、左に座ったお坊さんがシンバルの小型の様な物を
ガョ~~~~ン!と打ち鳴らすのが、もの凄い音で、
頭が痛くなりそうだったし、亡くなった叔母さんが、生き返ってくるのではと、思ったほどでした

喪主は、私より年下のいとこ(故人の長男)が務めました。
姉との2人姉弟ですから、初めてやけん、行き届かんで。。。っと謙虚に気丈に頑張っていました。

喪主の挨拶の場では、言葉が。。感極まってしばし、沈黙してしまい。。。。
紙に挨拶文を書いていたのに、涙で見えないのと、やはり、母親の思い出がこみ上げてきて、
こらえ切れなかったのでしょう
私は、誰か横に立って助けてあげてと、祈るような想いで見つめていましたが、
私が姉やおじを押し退けて、行くわけにも行かず、見守っていましたら、堪り兼ねておじが横に立ち
そうして、いとこは我に返ったのか父親に心配をさせてはいかんと思ってか、立ち直り礼文を落ち着いて
読み始めてくれたので、ひと安心しました

お葬式を終え、その後火葬場から帰ってすぐのお六日(初七日)の儀式、その後の会食や親族のお見送り。。
10月に間質性肺炎と診断されて入院されてからというもの、家族の方は看病からこれまで、
短い間に、めまぐるしく大変な日常を送られてきた事でしょう
母親というものは、本当にかけがえがない大きな存在ですから、
ご家族のご心痛を思うと、本当に悲しいものです

お葬式のお棺に納められた故人は綺麗にお化粧も施されてはおりましたが、やはり元気な頃の面影はなく
別人の顔をしていて、叔母のような気がしませんでしたので、叔母が亡くなったという実感は無く、
お骨になったのを見ても、これが叔母の変わり果てた姿とも思えず、
燃え残った膝のごつい人工関節と卵の殻の様なお骨をぼんやりと見ていた
今後、田舎に行って、叔母がいないのを感じることで、徐々に亡くなられた事を実感する事となるのだろう

追記>何か書き忘れたと思ったら。。。。

  火葬場への行き帰りの道は同じ道を通らない
  故人の連れ合いは、火葬場に付いて行かない(骨を拾ってはいけない)


      というのが、葬儀の際のしきたり、らしいです
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